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トラックバック>>びーぶろぐ: 内定式


10月1日は内定式だ。
何が式なんだか、いったいなぜ10月なんかにするんだかわからないが、あるらしい。
平日にやられても困るわけだが、行かなくってもいいのだろうか。
あと半年ちょい後にはもう働き始めるのか。自分的には違和感たっぷりだ。
何のために働くのかと言えば、言わずもがな、食うためだ。
オプションとして、自分の能力を高めてくれる何かがあるだろう、ということ。
今までずっと学生を続けてきて、ついにその最大の免罪符がなくなるわけだ。
なんだかとっても不思議。本当に子供ではいられなくなるんだろうな。
不思議というよりもむしろ分からないんだな。
今まではある期間をもって確実に立場の変化する状況に置かれていた。
小学校は6年間、中高も6年間、大学は4年間。
期限付きの立場の中で、いったい何ができるか、何をしたいか、何をしなければいけないかで、
ひたすらがむしゃらにやってきたと言っても過言じゃない。
じゃあ、今度はどうなんだろう。社会人に『ある期間』だなんてモノはない。
自分でピリオドを打つか、定年というピリオドを迎えるか。
それってどういう感覚なんだろう。
まぁ、自分の知らないだけで役職や部署など細かいモノ自体が、『小学生』や『中学生』みたいな立場の変化を生み出すのかもしれないが…
現実的な疑問として、僕はいったいいつまで働くのだろう?ということ。
諦め時がきたら、納得できるときがきたらそれまででいいと思うのだけど。
自由でいるためにはなるべく責任は減らさなくっちゃいけない。
固定の立場って絶対に責任がつきまとうからイヤだな。
『家族』とかも本当に固定的。『社会人』はそこまででもないけど、でもだいぶ。
ならなくていいのならなりたくはない。
同じような理由で『結婚』だとかそういう言葉も嫌いなんでしょう。
自分で見直してみてやっぱりわがままだということを実感。