先週だかその前だか、
ずいぶん結婚詐欺のニュースを聞いた気がします。
その中で、ずっとギモンなのは、
未婚のヒトの多くはやっぱり結婚したい、と思っているのか、
というところです。
婚活とかって言葉が騒がれ初めて久しいですが、
そういうのってやっぱり結婚が難しいから、
なんじゃなかろうか、と思っているわけです。
というのも、僕にはやっぱり苦手なことはいろいろあるわけで、
僕にとってのプライベートの人付き合いって、
たとえばカラオケとか、たとえばスポーツとか、
そういうのと同じ類じゃないか、と思っています。
苦手な理由はいろいろあって面倒なので割愛しますが、
人付き合いをしていくのが苦手な人間は、
当然ながら親密な間柄を構築するのはとても苦手で、
結果彼女もできない僕がいて、
その僕が結婚なんてとてもとても...と、なるわけです。
要するに僕には難しすぎるわけです。
苦手なことをやらなきゃいけない場面も当然ありますが、
でもできる限り避けて通った方がいいし...
頑張って克服するだけのメリットを見いだせればまだしも、
僕にはそういうモチベーションもあまりないので、
否定的側面がなければ避けて通りたい項目になります。
そういう風に考えてみると、
結婚はできる限り避けて通ってよい項目か否か、
が重要なポイントになるわけです。
そもそも、結婚って制度の問題だけであって、
実現性はともかく本能として子孫を作ることは、
その制度そのものに頼る必要はないですね。
ラディカルな欲求としての性欲そのものは、
別に婚姻関係に頼るまでもなく、
社会的にはお金で十分解決できる環境もあるし、
そもそも満たさずとも睡眠や食欲と違い、
死ぬわけではありません。
そういう意味合いからすると、
避けてもあまり問題ない気がします。
もちろん老後のことを考えて、というネガティブな着想から、
というモチベーションもあるでしょうが、
それこそいろいろ代替手段はありそうなものです。
想像力に乏しい僕としては、
このくらいクリアできているとすれば、
別に避けて通ってしまってもよいのではないか、と考えます。
長くなりましたが、要するに、
僕的には十分諦められる状態になっているわけです。
さてさて。
元に戻って、いわゆる未婚の多くの人たちはどう思っているのか、
気になって仕方ありません。
統計的に言って僕もそうなる可能性が高いのか否か。
それを理由から照らし合わせてみたいところです。
難しいと思うんだけどやむにやまれぬ理由があり...とか、
別に難しくもなんともなくってたまたまそういう状況だ...とか。
そもそも自分自身がしたいのか、
周りのプレッシャーからなのか、なんとなくなのか...
30超えたら太り始めるよ!とか、食の好みが変わるよ!とか、
そういうのと同じくらいの次元で気になっています。
なんか最近、ずーっととある案件というか問題について考え続けて、
そろそろ考え飽きたので、違うことを考えてみました。
になりたいです、とっても。
もちろん年齢的な意味じゃなくて。
ぼーっとしているのは昔からだけど、
どうしようって感じで霧がかっている状態は、
あまり慣れていなくて気持ちが悪いです。
来週何するんだろう...みたいな、ぼーっとっぷり。
こんなにぼーっとしている時は、
とてもとてもさみしい時は、
何をすればいいのか分かりませんが、
ひとまず車に乗って、ひたすらうろうろしてみました。
最近、暖かかったりしたので油断していたけれど、
気がつけば手にちりちりと焼けるような痛み。
乾燥は着々と進んで、ついに僕の警戒レベルに到達です。
あぁ、いやだなぁ。
時々、気がつくと悲しくて悲しくて仕方がなくなっている時があります。
なんの拍子もなく、ずずっと引き込まれるような感じで。
よくあるのが、会社から帰宅している道すがら、
京急のガードをくぐるあたりで気がつくと涙がじわっと出ています。
わーわー泣くような感じじゃないのでましですが、
時折涙が流れているときもあって困ります。
道行く人が平然と泣いていたらびびりますもんね。
しばらくこういうのもなかったのですが、
最近増えているのはきっと寒くなったせいでしょう。
出社中に起こらないのがせめてもの救いですが、
なってしまうと、まるで井戸の底のような暗く後ろめたい気分で、
それでいて蟻地獄のようにずるずるとその度合いを強めていく、
そんなような状態になってしまうので、
当然ながらあまりいい感じではありません。
きっとこういうのも気の持ち様から来ているのでしょうが、
しかしその気そのものはおそらく人生観から来ているもので、
そうそう簡単に変えられるモノではなさそうです。
というわけで、困ったっちゃ困ったことですが、
とりあえず放置状態なこの現象。
ここ数年内に現れたモノなので新参者ですが、
なかなか面倒な輩です。
それにしても年をとるほど、
悲しさの存在感が大きくなってきている気がします。
もしかしたら寂しさかもしれませんが...
ある程度の年齢になると、
仲間や家族、恋人を求めるように、
自然と寂しくなるようにでもインプリされてるのでしょうかね。
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